2008年07月15日
自省録
小泉の支持率は、政策の実態よりも彼のパフォーマンスのうまさ、内閣の姿勢の見せ方に原因があるのでしょう。
総理たる者、大黒柱に当たる背骨を組み立ててから、手や足を作っていかなければなりません。
総理大臣の一念は一種の狂気だ。火の玉のようになれば、大方のことはやれる。だからこそ同時に、首相たるもの「権力の魔性を自戒せよ」と自覚しなければならない。
日本の首相は、アメリカの大統領と英国の首相のちょうど中間に位置する。どちらかと言えば、アメリカの大統領に近い存在でしょう。
マルクス主義の批判が首相を委縮させた。「調和とコンセンサス」という美名のもと、事なかれ主義の政治が続いてきたのです。その仕向けてきたのが日本の官僚。自分が総理になったからには、今あげたような日本の政治を感じが羅目に縛っている悪弊をすべて打ち切ってやるつもりでした。これが「戦後政治の総決算」の真意。
中曽根内閣政権を回想する
国鉄改革・分割民営化
増税なき財政再建→予算の編成権を大蔵省から臨調に移した
税制改革は失敗→直間比率の見直し、是正を図る
教育改革→各段階における養うべき精神軸、教育の目標点、精神的目標点を明確化、共通一次テストの廃止、教育基本法の改正(日本という組国の本質を捉える)
中曽根の世界観
カント哲学
「自分の判断が誰の眼から見ても、人間と自然の大道にそっており、妥当性がある様に行動せよ」
3つの縁「結縁、尊縁、随縁」
今真に必要とされているのは、日本の戦前戦後の政治の欠陥・欠落を分析、批判した根本的な改革論。残念ながら、今の政治は惰性的に流れてきているだけ。戦後、政治家が理念、政策、ディシプリンを明確に打ち出して国民に訴えることをしなかった。政治家も国民もこうした習慣を持ち得なかった。
本当の民主主義とは、国民全員が、直接、指導者を作り出すこと。派閥の締め付けは弱くなっているのに、若手から政治生命をかけて堂々と国策を示し、国の進路を明示する改革者が出てこないのは不思議。
21世紀の日本の国家像を確立する夢を胸に、国家の行く末をしっかりとと明定したいと念願している。
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